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植野 満さんへのお返事です。
> 自然淘汰説の理論とは、種の個体の中で生存に適した個体が、選択されて生き残るという理論でした。そして、選択する主体は英語でもわかるように、自然に求めているのです。
確かにその通りですが。
> 創造説では生物種は”神”が選択しました。しかし、自然淘汰説では創造説の神を”自然”に変えただけの理論ということがわかります。
でも個別に創造されたという信仰と共通の祖先から分かれたという理論の間には越えられない壁がありますよ。
> なるほど、ダーウィン進化論は創造説が生物を4千数百年前に3日で創造したと言う考えから、数億年という長年月を要した考え方をもたらした功績はあるでしょうが、その理論体系は創造説と同様、進化の法則を明らかにしたとは言えないのです。このように、現在の進化論は個々の現象の説明は理論的に示してくれますが、進化の核心の理論体系はいまだ示してはくれないのです。
「核心の理論体系」とは何ですか?
現在の進化論は理論体系自体はしっかりしたものになっています。
逆に個々の現象についての方がわからないことが多いのではないでしょうか。
> 従って、あまりダーウィン進化論に大きな期待を寄せるのは危険だと思います。
「ダーウィン進化論に大きな期待を寄せる」とはどのようなことを差すのですか?
# 一部こちらで改行を入れました。
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